睡眠時無呼吸症候群 Sleep Apnea Syndrome:SAS
SAS患者には癌が多い!?
・SASの簡易検査を1990年に行った地域住民397名を20年フォローしたところ、死亡77名 心血管疾患発症103名、癌発症125名であり、中等症以上のSASでは全死亡4.2倍 癌死3.4倍 癌罹患2.5倍 脳血管障害3.7倍と有意に多かった。(Marshall, 2014)
・5427名のSAS患者を4.5年フォローし527名ががんと診断。SpO2 90%以下時間と死亡率はHR1.21で有意に関連し、癌患者に限ってもHR1.19で有意だった。特に65歳以下ではAHIとSpO2 90%以下時間ががんの死亡率との関連が強く見られた(Martinez, 2014 )
<院長コメント>
SASが様々な合併症と関連することは以前から言われていますが、最近になって「癌の発症率が高い」こともわかってきました。他の合併症や酸素不足による組織障害などが誘因なのでしょうか。
”たかがいびき”などと呑気なことを言っていられませんね。
● SASの症状・合併症
睡眠時無呼吸症候群(SAS)でよくみられる症状には、次のようなものがあります。
-
大きないびき(隣で眠れないほど)
-
睡眠中の呼吸が止まる
-
夜間に何度も目が覚める(中途覚醒)
-
朝、口がカラカラに乾いている
-
日中の強い眠気
-
全身のだるさ・集中力の低下
-
◆ 特に問題となる症状
SASで最も重要なのは、
・睡眠中の呼吸障害による無意識の覚醒
・それに伴う昼間の眠気・精神活動の低下 です。
本人が「眠れているつもり」でも、実際には一晩の間に何十回も覚醒しているため、脳や身体が十分に休めていません。
この“昼間の眠気” と “精神神経活動の機能低下”は、仕事中の集中力低下・事故リスク増加など社会的にも大きな問題につながる可能性がありますが、これまで十分に認識されず、見過ごされてきた症状でもあります。
◆ データからみる実態
私が調べたデータでは、SAS患者さんのうち:
-
昼間の眠気: 約 65%
-
精神神経活動の機能低下: 約 50% に認められました。
特に 昼間の眠気は、無呼吸の重症度が高いほど顕著 にみられるため、非常に重要なサインといえます。
ここで、あなたの昼間の眠気度チェック!
◆ 目に見えない悪影響 -とても重要なポイントです-
無呼吸・低呼吸がある方の身体では、見た目には分からない“深刻な負担”が起こっています。その大きな原因が 血中の酸素濃度の低下(低酸素状態) です。
無呼吸・低呼吸が起こると、十分な空気が肺に入らず、有効な換気ができません。そのため、血液中の酸素濃度がどんどん低下していきます。
通常、血中の酸素の量は % を使って表します。
覚醒している時 ・・・・・ 約97~98%
睡眠中 ・・・・・・・・・ 約95~96%
※ ある程度安定した呼吸・睡眠ができていれば、酸素の濃度は90%を下回ることはありません。
◆ 酸素が下がると身体はどうなる?
例として、覚醒した状態で息を止めて1分間「息ごらえ」をしてみると、非常に苦しいはずです。頭が熱くなり、身体に負担がかかっているのが自覚できるでしょう。しかし、この状態でも酸素濃度はおおむね 90%程度までしか下がりません。
ところが、SASのある方は 睡眠中に90%以下へ容易に低下 します(下図参照)。
画像の Air Flow(鼻・口からの気流)を見ていただくと、赤丸で囲まれた部分では まったく呼吸が行われていません。
図の2分間のうち、実際に呼吸しているのは青枠部分の わずか30秒程度 しかありません。

SAS患者の終夜呼吸モニターデータの一部
Chest/Abdomen 呼吸運動
Blood Pressure 血圧
SaO2 血中の酸素飽和度
Air Flow 鼻・口からの気流
◆ 身体は呼吸しようと必死に動いている
Chest / Abdomen(胸と腹の呼吸運動)を見ると、無呼吸中でも身体は呼吸しようと努力しています。しかし 気道が閉塞しているため空気が入らない, つまり“首を絞められているような状態”が続きます。
◆ 酸素飽和度(SaO₂)の恐ろしい低下
SaO₂(血中酸素飽和度)は無呼吸から数秒遅れで低下し始め、場合によっては 50%前後まで下がることがあります。
これは「無酸素でエベレスト頂上にいる」のと同じレベルで、生命にとって極めて危険です。
● では、なぜ無呼吸から回復するのか?
無呼吸 → 回復までの典型的な流れは次の通りです。
-
無呼吸が起こる
-
血中酸素が低下
-
脳が酸素不足を検知し、覚醒反応を起こす(本人は気づかない)
-
呼吸筋に強い指令が出て、気道が開き呼吸が再開する → このとき大きないびきをかく
さらに、呼吸再開の瞬間には
-
胸腔内圧の急激な変動
-
交感神経の過度な活性化が起こり、血圧(Blood Pressure)は140台 → 200以上へ一気に上昇 することもあります。
● これを一晩中繰り返すと…?
無呼吸→低酸素→大いびき→急激な血圧上昇、という負荷が何十回、何百回と繰り返されます。
その結果、
-
高血圧
-
心疾患・脳血管疾患
-
不整脈 など、循環器系の合併症が非常に多くなることが分かっています。
本人は眠っているつもりでも気づけない、そこが SASが“沈黙の病気”といわれる理由 です。


Epworth Sleepiness Scale(昼間の眠気指数)
あなたは次にあげる状況でうたた寝をしたり、寝入ったりすることがありますか?
最もあてはまるうたた寝の程度(0~3点)を選び、合計点数を出して下さい。
0点:なし
1点:まれにあり
2点:時々あり
3点:頻繁にあり
10点以上の人はSASの疑いあり!
1 座って本を読んでいる時
2 テレビを観ている時
3 劇場や会議室で座っている時
4 休憩なしで約1時間、車に同乗している時
5 午後に自由な時間に横になっている時
6 座って会話をしている時
7 アルコールなしの昼食後、座って安静にしている時
8 ドライブ中2~3分間、駐車して休憩している時

◆ 合併症 -なぜ放置してはいけないのか?-
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、生活習慣病や循環器疾患と強く関連することが明らかになっています。
無呼吸のたびに血中酸素が低下し、血圧が急上昇するという負荷が一晩中何度も繰り返されるためです。
実際には、
-
無呼吸の時だけ不整脈を起こす方
-
無呼吸からの回復時に 血圧が140台 → 200以上 に跳ね上がる なども珍しくありません。
このような身体の負担が積み重なることで、脳卒中や心筋梗塞がSAS患者の主要な死因となることが指摘されています。
◆ SAS患者にみられる代表的な合併症例
-
心筋梗塞を経験した人の 30%
-
脳卒中を起こした人の 50%
-
高血圧のある人の 30~50%
-
糖尿病のある人の 30% にSASが合併していると言われています。
◆ 合併症に関する医学論文からの要点
1. SAS と高血圧
SASは高血圧を引き起こす独立した危険因子とされています。
無呼吸による深刻な低酸素や急激な血圧変動が、左室肥大や心不全リスクの上昇 に関わるためです。
高血圧治療においては、二次性高血圧の原因としてSASを考慮することが重要 とされています。(自治医科大学循環器内科 石川譲冶先生)
2. SAS と糖尿病・高脂血症
閉塞性SASでは、肥満とは独立して インスリン抵抗性を引き起こす ことが明らかになっています。
夜間の低酸素状態がホルモン・代謝異常を誘発し、
-
血糖異常
-
脂質異常 につながり、2型糖尿病の発症リスクを高める と考えられています。(筑波大学 内科 浅野道子先生)
3. SAS と脳血管障害
脳卒中患者の約60%にSASが合併していることが報告されています。
SASにより
-
脳血流障害
-
カテコラミン過剰分泌
-
血小板活性化
-
高フィブリノゲン血症 などが起こり、これが 脳卒中の発症リスクを大きく高める と考えられています。(沼南リハビリテーション病院 安藤泰彦先生)
4. SAS と心疾患
近年では、SASそのものが 心疾患の発症・進行に直接関与する ことが分かってきています。
不整脈との関連も深く、
-
SAS治療により不整脈が改善する
-
不整脈の治療でSASが改善する といった報告もあり、双方向の関係が注目されています。(順天堂大学循環器内科 葛西隆敏先生)

5.SAS と肥満
肥満は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の最も重要な危険因子のひとつです。
「肥満者ではSASの発症率が非肥満者の3倍以上」という報告もあり、体重増加は上気道の狭窄を助長し無呼吸を悪化させます。
一方で、わが国は欧米ほど肥満人口が多くないにもかかわらず、中高年のSAS有病率が3〜4%以上と比較的高いことが知られています。これは、
-
東アジア人特有の 顎が小さく、気道が狭くなりやすい骨格
が影響していると考えられています。
さらに、この20年間で日本の肥満人口は約1.5倍に増加しました。
「骨格的な狭さ」+「肥満」という二つの要因が重なることで、SAS患者がどれほど増えているかは想像以上と考えられています。(虎ノ門病院循環器科 弓野大先生)
6.SAS とその他の合併症
SASの代表的な問題のひとつが「昼間の眠気」です。
SASのある人は、交通事故を起こす確率がSASのない人の約7倍に増えると報告されています。
ただし、すべてのSAS患者が強い眠気を感じるわけではありません。
また、適切なSAS治療(CPAP療法など)を行うことで、事故発生率はSASのない人と同等まで改善されることが分かっています。
7.SAS の生存率
中等症以上のSASを治療せずに放置すると、生存率が健常者より低下するという報告があります(下図参照)。
これは、長期的に続く低酸素や血圧変動が、心血管系に大きなダメージを与えるためと考えられています。

図:未治療の患者における、睡眠時無呼吸の重症度の相違による累積生存率に対する影響
(He J , et al. : Chest 94 , 1988 より)
「AI(無呼吸指数)>20の群は、AI<20の群に比べて明らかに生存率が低下している」
AI は1時間あたりにおこる無呼吸の回数を表わします。
